奥州平泉観光新聞

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D第2番金峰山万蔵寺「あこや」の謎
2019/06/23

▲伝説の残る阿古耶山にある万蔵寺。赤茶色の瓦屋根の門が印象的だ。周囲にはたくさんのガクアジサイが植えられているが、このときは残念ながら葉が落ちていた

寄り道巡礼記6
 産直「あぐり夢(む)くちない」から国道107号線をさらに東進すると、第2番札所の万蔵寺(ばんぞうじ)の看板が左手に見えてきました。看板のある横道に入ると、ぐっと道が落ち込んでいて谷のような地形になった所になります。そこに「阿古耶(あこや)山」と「万蔵寺」の二手を示す道しるべがあったので、左手に折れて万蔵寺を目指します。
 「この辺りは阿古耶という地名なんですか。坂東玉三郎さんが才女に扮(ふん)して胡弓(こきゅう)や琴などを演奏する歌舞伎がありますけど、あの女性の名前も阿古屋(あこや)だったような気がします。関係でもあるんでしょうか?」と尋ねると、案内役のえさし郷土文化館の野坂晃平さんは「確かにあれも『あこや』ですが、万蔵寺のある阿古耶山や阿古耶谷とは関係ないようです」ときっぱり。「相原康二館長が書かれた『江刺三十三観音を訪ねて』によると、江戸時代中期の公文書『下口内村風土記御用書出(かきだし)』には村の名所の一つとして阿古屋(あこや)谷を紹介していて、昔そこには阿古屋という者が住みつき悪事をはたらいていたところ、坂上田村麻呂が退治して観音堂を建てたといい、人びとは『かくれ里』とも呼んだと書かれているそうです」と説明してくれました。
 「山や谷に住みついた悪党を田村麻呂将軍が追い払って、神仏を祭る伝説ってけっこう多いですよね。世界遺産候補にもなっている平泉町の達谷窟(たっこくのいわや)とか…」というと、「はい。第4番札所の大森観音の由緒もほぼそのパターンです。米里の奥地にいた蝦夷(えみし)・人首(ひとかべ)丸を田村麻呂が討ち果たし、その供養のために観音堂を建てたそうです」と野坂さん。
 そうこうしていると、目の前に赤茶色の屋根の山門と本堂が見えてきました。岩手県南でよくみられた瓦屋根です。
 万蔵寺は、平安時代に東北地方を巡ったとされる高僧・円仁が7体の観音像を祭ったことに始まるという伝承もあります。伝承を裏付けるかのように7体の平安時代の仏像などが伝えられているそうです。「残念ながら7体すべてが観音像ではなく、男女の神様を彫ったものもあります。でもそれぞれ雰囲気のある素晴らしい木彫像ですよ」と野坂さんが力を込めます。連絡を怠っていたために、今日はその仏像がみられないことを悔しがると、野坂さんは「大丈夫です。一部は北上市博物館に展示されていますから、いつでも見ることができますよ」となだめてくれました。
 帰りがけに、門の脇に「がくあじさいの寺」と書かれた看板がありました。この取材時は春だったので、葉がなくてすぐには気付きませんでしたが、周囲にはたくさんのガクアジサイの木が植えられています。野坂さんは「6月あたりはさぞ見事でしょうね。木々に囲まれた谷に咲くアジサイの花は風情があるなあ」と言いながら、目を細めていました。青や紫のアジサイが咲き乱れるころに再訪することを誓って、阿古耶山を後にしました。

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