奥州平泉観光新聞

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C第2番への道 産直と口内要害
2019/06/03

▲口内川から見た上口内要害屋敷(浮牛城)跡。今の川では、浮いているようにはちょっと見えない。浮牛城まつりでは華やかな行列で大いに盛り上がるそうだ

寄り道巡礼記5
 古代の歴史や信仰を体感した後は、第2番金峰山万蔵寺へ向かいます。北上市博物館からさらに県道14号を北に進み、国道107号との立体交差を右折して同市口内(くちない)町を目指します。
 「久しぶりに山道を登って、日ごろの運動不足を痛いほど感じました。怠惰な暮らしに、早くも観音さまから喝を入れられました」と言うと、案内役の野坂晃平さん‖えさし郷土文化館‖はにっこり笑って「さすがにおなかがすきましたね。途中にいい産直がありますから、寄り道しましょう」と提案してくれました。
 しばらく走ると、産直「あぐり夢(む)くちない」の看板が見えてきました。けっこう車が止まっています。「この先の梁川に釜石自動車道の江刺田瀬インターチェンジができたので、自動車の通行量もかなり増えました。やっぱり便利ですよ。沿岸へ出るのが本当に近くなりました」と野坂さん。
 新鮮な野菜や加工品が並ぶ店内に入って真っすぐレジへ。ここで食券を買って横の食堂で注文する方式です。メニューは想像以上に多くかなり迷った揚げ句、定番のカレー・天ぷらそばセットに決定。キッチンに食券を出して横を見ると、「おつけもの・おそうざいサービス」のコーナーを発見しました。白菜の浅漬けやフキの煮物など3種類が鉢に山盛りになっており、どれもおいしそうです。
 窓辺の席を陣取って、地元野菜がたっぷりのランチを堪能。目前に見える口内の街の景色を楽しみながら、しっかり栄養を補給しました。「ところで右側の丘の上にある建物はなんですか?展望台か何かですか?」と尋ねると、「あれこそが通称・浮牛(ふぎゅう)城、藩政時代の上口内要害屋敷跡です。この辺りは仙台、盛岡の藩境ですから重要な監視、防御の拠点だったそうです。一説には安倍貞任(さだとう)が築城したとされ、そのときにおまじないとして牛3頭を埋めたといわれます。今の城の基礎は戦国時代に江刺郡を治めていた江刺重胤(しげたね)の三男・口内帯刀(たてわき)が造ったそうです。さっそく行ってみましょう」と野坂さん。さらなる寄り道先が決まりました。
 街の中を流れる口内川のほとりで、屋敷跡の高台が見える場所に着きました。野坂さんは「この川を堀代わりにして城の守りを固めたそうです。ちなみにかつて水堀のある城は、水面に浮かんで見えるので『浮城(うきしろ)』とも呼びました。もう、名前の由来が分かりましたね。その昔、牛を埋めた浮城なので、浮牛城なんです。毎年8月には領主・中島氏の参勤交代の様子を再現した『大名行列』をする浮牛城まつりもありますよ」と教えてくれました。

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