奥州平泉観光新聞

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A第1番国見山極楽寺 いきなり修行!
2019/05/02

▲国見山中の名物行場の一つ「胎内くぐり」

寄り道巡礼記3
 極楽寺の駐車場から参道へ入るところの脇で、案内役の野坂晃平さん=えさし郷土文化館‖の足が止まりました。示された指先にはトタン屋根の下に大きめの石が並んでいます。
 「あれは鎌倉時代末期の石塔婆(とうば)で、いわゆる中世板碑(いたび)です。供養のためなどに建てられたもので、関東には2、3bの大きなものがありますが、東北のものは小ぶりで珍しいものです」と野坂さん。「すごい。このお寺は700年前から栄えていたんですね。それが今も残っているなんて…」と言うと、「700年どころじゃないです。少なくとも1150年以上前の平安時代中期から、ここは山がまるごとお寺という場所だったんです。しかも国直轄の国分寺に次ぐ、定額寺という格式だったのです!」と力がこもった答えが返ってきました。

 取材日は参道や境内に福寿草の黄色い花があちこちに見られ、何やら浮き浮きとした気分に。大きな塔のような本堂「無量寿堂」にお参りして「三十三カ所無事に回れますように」と願いました。では、次の札所へ向かおうと駐車場に戻ろうとすると、野坂さんが「極楽寺、いや国見山の醍醐味(だいごみ)はここからです」と言って、本堂脇の細い道を山の方へ歩いていきます。おいていかれないように、慌ててついていきました。
 「今から国見山の山頂を目指します。といっても10〜20分の低山ハイクですから大したことありませんよ」と野坂さんはにっこり。「実は、平安時代の国見山のお寺は現在残っておらず、名前が断定していないので『国見山廃寺(はいじ)』と呼ばれていて、本堂なども今の極楽寺とは別の場所にあり、礎石などが発見されています」などと説明しながら、すいすいと上っていきます。こちらは日ごろの運動不足がたたっている上、サイズの合わない長靴をはきながら1歩1歩肩で息しながら進みます。数分で10メートルほどの差がつきました。
 先で待っていてくれた野坂さんに、「けっこう急な道ですね。いきなり修行!の気分です」と汗だらけの顔で言うと、野坂さんは「ははは、そうなんです。ここはかつて修験者などが山岳修行した場所、道なんですよ。ほら、この辺りで名物の行場(ぎょうば)(=修行場)があそこに見えてますよ」とさわやかな笑顔。道の先に黒くて大きな岩石群があり、何やら嫌な予感がしてきました。
 国見山の名物行場の一つ「胎内くぐり」は、巨石の迫力に圧倒されます。道が大きな岩の間に続いています。中は真っ暗、どうなってしまうんでしょうか。先頭を行く野坂さんはどんどんと岩の間に入っていきます。とにかくついて行くしかありません。ひんやりとした暗い岩の中に入ると、上部の岩の裂け目から光が見えました。自然とそちらの方へ上っていくと、胎内くぐりを抜けることができました。なぜか新鮮な気分になったことを告げますと、野坂さんは「胎内くぐりの意味はそれなんです!一度死んで再び母の胎内から生まれ、気持ちを新たになることを疑似体験できる装置なんです。生まれ変わることで清らかな気持ちになり、聖なる山で修行する身になるということです」ときっぱり。ふと、これまでの人生を振り返り、今後も何度かくぐらないといけないなと思いました。

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