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平泉世界遺産登録をめざして

5.浄土思想で逆転

 それまで日本側(文化庁など平泉関係者)は、平泉を「東アジアの仏教都市遺跡」と位置づけようとしてきた。会議ではその根本部分に、海外専門家から難色が示された。世界レベルでいう都市の観念と大きく違うというのだ。方針の軸を大きく揺さぶられた。
 そこに一つの光明が現れた「浄土思想」だ。「平泉の人々が日本化された浄土思想の中で創りあげてきたものが、寺であり、庭であり、居館であり、街である」という発想だ。「都市遺跡」に異論を唱えたヨング氏も、現在のイコモスでは「集落や景観、宗教といったジャンルの遺産が、特にアジアで不足している」との見解があると述べ、平泉の文化遺産が評価されやすい状況にあることを示唆していた。ファン氏も「宗教の霊地というのは(世界遺産登録)基準に含まれており、西洋の歴史的都市と異なる東アジアの(都市の)特徴。都市が精神性を持つ側面がある」と述べ、十分に評価に値するとした。これらの協議から、最終日に推薦書本文の最終調整案を取りまとめた。
 国際会議から約1カ月後、国の文化審議会は「平泉の文化遺産」を「平泉──浄土思想に関連する文化的景観」として、政府推薦することに決めた。文化審議会決議が、文化庁長官による推薦の根拠となる。

6.推薦書提出

 文化庁の推薦後の9月、国の世界遺産条約関係省庁連絡会議が開かれ、「平泉──浄土思想に関連する文化的景観」を「平泉──浄土思想を基調とする文化的景観」に改称し、国として正式に推薦することを決定。暫定推薦書をフランス・パリのユネスコ世界遺産センターに提出した。
 「大きな前進」と安堵の表情を浮かべる人もいたが、実務担当者たちは「もう後には退けない。地域でより高く機運を醸成し、前に進むだけ」と表情を引き締めた。残るハードルは、07年2月を期限とする推薦書正本の提出と同年秋のイコモス現地調査の2つだけとなった。
 推薦書正本作成は急ピッチで進められ、予定よりも1カ月早い12月半ばに提出された。正本は本文(英文)や写真、図表などをファイル6冊に分けており、これに映像資料(ビデオなど)が付けられている。
 提出を早めたのは、諸外国からの推薦が多数だった場合、予定していた07年に審査(現地調査)が受けられなくなってしまう可能性があるからだ。各国数名ずつイコモス委員がいるとはいえ、審査実施には限りがあり、ユネスコ自体も登録抑制の流れにあるため警戒が必要だったのだ。

7.登録延期勧告

 推薦書受理が無事に済み、国際会議などの指摘を基に、関係者や地域住民は審査に向けての準備へ取りかかった。条例などの整備やボランティア組織の結成などが進められた。準備も大詰めにかかる5月、ショッキングなニュースが入った。06年に審査を受けた島根県の候補「石見銀山とその文化的景観」が、イコモスから「登録延期」の審査結果勧告を受けたのだ。平泉関係者にとっても「寝耳に水」の出来事だった。
 平泉にとっては試金石であっただけに、不安が広がった。06年の審査直後の会見で、「心配なし」「時流に合う」との言葉が関係者から出てきていたことから、平泉側も安心して見ていた。しかし、「イコモスの調査員の目は厳しい」という当たり前な現実を再認識させられた。「私たちの審査前にこうしたことが起きたのは、気の緩みを正す意味で良いこととらえよう。いい意味で喝が入った」と話す人もあり、その後、審査受け入れ準備に拍車がかかった。
 (詳しくは、特集「延期勧告の教訓」を参照ください)

8.石見が逆転登録

 6月、ニュージーランドで開かれたユネスコ世界委員会で、石見銀山が遺産登録された。勧告後、石見関係者が席上可否を示す各国代表委員などに「補足書」を送付し、その価値を理解してもらえるよう努力した結果だった。平泉にとって、「逆転登録」の方法を学んだときだった
 平泉関係者は「勧告後に補足書を作らなくても済むよう、調査の時に万全を期すべき。やれることはすべてやろう」と石見銀山の結果に後押しされた。
 「稲穂の金波が奇麗な秋の収穫期に」と9月末の調査を希望していたが、委員の都合で8月末の調査が決まった。委員はスリランカのジャガス・ウィーラシンハ氏だった。準仏教国であること、氏が考古や壁画修復などを専門としていることに「平泉の価値を分かってくれるのでは」と期待が高まった。

9.審査開始

 関係者間には緊張が走っていた。抜き打ちのミーティングが開かれたという石見での現地調査が頭から離れない人もいた。が、ジャガス氏は終始穏やかで、視察中の質問もほとんどが基本的なものであったという。「推薦書を(事前に)もらって感じていたいくつかの疑問が、補足説明書を読んでほとんど解消した」とのコメントも得られた。石見での教訓が生かされた瞬間だった。
 ジャガス氏は平泉の価値がよく分かったとする一方、諸外国からきた一般人がその価値をすぐに分かるようにさせるガイダンス施設の必要も指摘したという。
 専門家としての判断とは別に、個人的には平泉の歓迎態勢に満足だったようで、2日目の地元料理での宴席では、楽しそうに地元住民と話す姿が見られたという。
 最終日翌日の予備日に予定されていた補足ミーティング、追加視察はキャンセルとなった。ジャガス氏からは十分理解できたと申し入れがあったからだ。担当者の一人は「いい意味かどうかは分からないが、十分であったということでしょう。私たちも十分にやりました」と話した。
 (詳しくは、特集「試される平泉」を参照ください)

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